生きててよかった!

  • 2019.04.29 Monday
  • 18:40

 

4か月の冬季休業を終え、今年の営業再開初日は、

な、な、なんと雪景色から始まりました。

「こんな日に、お客さまは来てくれるだろうか」

という不安が蕎麦侍夫婦の胸をよぎりましたが、

開店30分前には2台の車が駐車場に・・・

「この日をずっと待ってたよ〜」

常連さんがいつもの笑顔で声をかけてくださいました。

その後も続々とお客さまがお越しくださり、

開店間もなく、ほぼ満席となりました。

イチロー選手は引退時のインタビューで

「死んでもいいという気持ちはこういうことだろう。死なないですけど」

とファンの熱い思いに感激していましたが、

蕎麦侍は、商売冥利に尽きる幸先の良い一日に、

「生きててよかった!死なないですけど」と心の中で叫びました。

 

時を同じくして、NHK連続テレビ小説『おしん』の再放送が始まりました。

昭和58年(1983年)から1年間に渡り放送されましたが、

平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%という怪物番組です。

当時、蕎麦侍は愛知県岡崎市の教員として2年目を迎え、

初めて担任した5年生のクラスを持ち上がり、

「おしんのように強く逞しく優しい人に!」という思いで

6年生の子どもたちとドラマチックな日々を送っていました。

そして8年後、3番目に待望の女の子が生まれ、

迷わず「おしん」・・・ではなく「おしん」を演じた

子役の小林綾子さんから「綾子」と命名しました。

蕎麦侍が僻地派遣教員として日本一小さい村(離島を除く)

の愛知県北設楽郡富山村(とみやまむら)に赴任するため、

綾子が2歳の時に家族5人で移住しました。

わずか200人余りの「陸の孤島」のような村で、

3人の子どもたちは、村の方々の愛情と大自然に包まれ、

人として大切なことや生きる力、人間力を身に付けることができました。

富山村(現・豊根村富山地区)のみなさんには、

どれだけ感謝しても感謝しきれません。

 

開業以来、【蕎麦屋 侍】を支え続けてくれた看板娘・綾子は、

旦那さまの故郷・兵庫県で新たな人生をスタートしました。

「素敵なお客さまとの出会いの日々は、とても楽しく充実していました。

出産祝いをいただくなど、可愛がっていただいた思い出を宝物にして、

関西のおばちゃん?として頑張ります。5年間、ありがとうございました」

 

蕎麦侍の3倍働く戦力を失い【蕎麦屋 侍】は大ピンチですが、

娘家族の幸せを祈りつつ、夫婦二人でやるしかないと覚悟を決めました。

 

平成最後の年となり、「生きててよかった!」ということが続きました。

1月26日、豊橋市立高根小学校の教え子が還暦祝いをしてくれました。

5・6年生の2年間を担任した活力のカタマリのようだった

あの子たちが、な、な、なんと40歳に!

でも、こうして集まるとあの頃と何も変わっていません。

各学年1組しかなく、最高学年になり一人何役も背負って

学校の顔として頑張り抜いたみんなの姿をはっきり覚えています。

素敵な女性に囲まれ、最高のご褒美をいただきました。

この時は「死んでもいい!」という感じでした。

花束と真っ赤なオリジナルTシャツに感無量。

背中には思い出の写真とみんなで追い求めた「真心」が

プリントされています。

インスタントカメラで撮影した写真にメッセージを書き込み、

その場で記念アルバムも作ってくれました。

みんなの真心がビンビン伝わってきて、本当に幸せでした。

ありがとう、ありがとう、ありがと〜〜〜!

 

高根小学校は、太平洋を臨む農業が盛んな地域の小さな学校でしたが、

PTAの団結と地域の協力が素晴らしく、全力で学校教育を支えていただきました。

そのおかげで、蕎麦侍はとことん子どもたちと向き合うことができました。

今回の会場となったのは『海の見える空気がうまい家』

当時PTA会長だった野川建設さんのご厚意で、

竣工間もない最高のモデルハウスを開放してくださいました。

<担任したヤス(次期社長)、野川社長、社長夫人、蕎麦侍>

なぜ空気がうまいのか?

とにかく全てにこだわった内容を野川建設ホームページでご覧ください。

高級旅館のような和室に泊めていただきましたが、

「絶対にゲロを吐いて汚すことのないように!」と

酔っぱらいながらも心に誓い床に就きました。

翌朝、目覚めがよく二日酔いもほとんどないことに驚きました。

よかった〜、ゲロは確認されませんでした。

まさに『空気がうまい家』を実感できました。

野川建設さま、本当にお世話になりました。

(現在、発注が殺到し、大反響をいただいているそうです)

 

3月23日にも「生きててよかった!」出来事がありました。

岡崎市立連尺小学校の教え子が還暦を祝ってくれました。

前述の『おしん』の頃、教師になって初めて担任した子どもたちです。

右も左も分からない新卒の若者が、素直で元気な子どもたちに

助けてもらいながら、ただ我武者羅に毎日を送っていました。

ガリ版とわら半紙による学級通信を毎日書き続けたこと、

クラス全員で冬でも半袖・半ズボンで過ごしたこと・・・

今振り返ってみると赤面の数々ですが、教師としての原点がそこにあります。

あの子たちがもう47歳か・・・自分もじいさんになる訳です。

花束と真っ赤なオリジナルTシャツにまたまたご満悦。

前面には連尺小学校の校章が・・・

連尺小学校は徳川家康が生まれた岡崎城周辺の商人の街にあり、

昔ながらの人情あふあれる教育熱心な校区でした。

連尺小学校には7年間お世話になりましたが、

筏(いかだ)を作り、菅生川を下るなど、

今では考えられない冒険にも協力してくださる

太っ腹で懐の深いPTAと地域にどれだけ助けられたことか。

ちなみに「連尺」というのは、物を背負うのに用いる

背負子(しょいこ)のことで「連雀」とも書きます。

背面にはクラス全員の名前がプリントされています。

ごれで今後ボケが始まっても、みんなのことを思い出せます。

ありがとう、ありがとう、ありがと〜〜〜!

後日、幹事をしてくれたシゲが奥さまと一緒に【蕎麦屋 侍】に

お越しくださり、記念アルバムを届けてくれました。

シゲは現在、高校教師をしています。

年齢的に学校全体を見渡す立場となり、

教師としてどうあるべきか悩むことがあるそうです。

静かな語り口調でしたが、その瞳の奥に情熱の炎が見えました。

シゲなら大丈夫だ〜!

 

その他にも、個人的に【蕎麦屋 侍】を訪れてくれる教え子やご家族もあります。

教師ではなくなった今でも、教え子と飲んで騒いで語り合うことができ、

「教職は聖職である」と新任研修で学んだことは、本当だったと確信しました。

今度はみんなが還暦になった時、恩返しをさせていただきます。

生きていればね〜!

 

最後に、『びっくりぽん!蕎麦好きの愛車だす』のコーナーだす。

 

【愛車24】YAMAHA XV1900A ミッドナイトスター(愛知県豊川市・深民さま)

先月の初めに出会ってしまったバイクです。

大手、某バイクショップで購入したんですけど

納車整備が不十分で、しばらく整備に時間が・・・

今回がよみがえって初めてのツーリングです。

路肩に雪が残る中、無事到着。

心のこもった接客、おいしい蕎麦、

とても幸せな時間を過ごせました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

開店の1時間ほど前、駐車場に野太く響くバイク音がしたため、

厨房の窓からのぞくと、ハーレーにも引けを取らない威厳のある姿が!

時間的に余裕があったので、すぐに外に出てお話しを伺いました。

国産のビッグバイクに深民さんの誇らしげな笑顔が印象的でした。

 

 

 

 

 

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